介護職の転職体験談【転職を決意した決め手】病院・医療機関・認知症型グループホームへ転職した人(14人)

介護職の転職体験談【転職を決意した決め手】病院・医療機関・認知症型グループホームへ転職した人(14人)

病院・医療機関への転職

【転職の決め手】
こんなに低い給料で、こんなことをさせられるのはおかしいと思った。
介護職は奴隷でもないし、使用人でもない。
それなのに、そうだと勘違いした利用者がナースコール連打。
態度が悪いとクレーム。
してもないことをしたといいはる。
働いているので最低限の接遇は守るが、奴隷みたく働らかされている自分が嫌になった。
これで高い賃金であれば、我慢して自分の感情を押し殺して働くのもアリかと思うが。
そこまでするほどの賃金はもらっていない。
また、家族から早く死んでほしいと言われるほど性格が悪いようなお年寄りが多かったので、途中から私自身もこの人は何が楽しくて生きてるんだ?と疑問に感じた。
そうゆうことを考えてしまう自分が嫌になった。
【女性・介護福祉士】
24歳のときに、介護付き有料老人ホームから、病院・医療機関に転職。

【転職の決め手】
勤務の変更の多さです。
子供がいるので、働ける時間が限られていましたが、土日人が足りないと頼まれて出勤したり、日勤帯のみの契約でしたが遅番や早番を頼まれ家族に迷惑をかけてしまいました。
辞めるタイミングは、旦那からそこまでして子供たちにも寂しい思いをさせてまで働かなくてもいい。
と言われたことがきっかけです。
正直、週5日働いてフルタイムでしたので体力的にも身体的にも辛く大変でした。
家事もおろそかになり、体調に変化もありました。
土日に出勤しても、特に手当もなく唯一同年代の職員がいたので、たまに愚痴を言い合ったりできたのが救いでした。
施設自体の建物も古く、トイレが詰まったり水漏れしたりといろいろ大変だったことを覚えています。
【女性・介護福祉士】
24歳のときに、サービス付き高齢者向け住宅から、病院・医療機関に転職。

【転職の決め手】
一番の理由は時給が安くて勤務時間が7時間勤務だったこと。
その時やりたいこともあったため、給料がもう少し高いところが良かったです。
他には、先輩の介護さんの中で苦手な方がいました。
介護福祉士の方で教えてくれる機会が多かったのですが、その方と一緒の時は常に緊張した状態で働かなくてはならず、ストレスが溜まりました・・・。
別の職員の方の中でも苦手に思っている方が複数いました。
職員の方も不足していたので、業務的には忙しかったです。
そのほうが自分はよかったですが、人数が少ない分苦手な方と一緒のシフトになることも多く、嫌でした。
人間関係での悩みはどこに行ってもあるとは思いますが、どうせ人間関係で悩むなら給料のいい職場がいいと思いました。
【女性・初任者研修】
24歳のときに、特別養護老人ホームから、病院・医療機関に転職。

【転職の決め手】
ある日の食事介助中、咀嚼したものを吐きかけられることがあり、それを機に今まで耐えてきたものが崩れた。
もちろん、急にブチ切れたり、泣き出したり等はせずその場は堪えたが、静かに「辞めよう」と決意。
元々、心を「無」にして働いていた部分があった事を実感しつつ、その後も仕事は続けていたが、やりがい・人間の尊厳・何で介護やってんだろ・・?と自問。
モヤモヤとしながら働いていた。
吐きかけられた現場を見た職員も数名いて、心配してくれたが正直、職員である以上どうやって解決するかの手立てはないので結局「我慢」するしかない。
働きながら次の職場を探して、親戚や先輩や上司に相談しながら次の仕事を見つけて新しい職場に行った。
【男性・初任者研修】
24歳のときに、特別養護老人ホームから、病院・医療機関に転職。

【転職の決め手】
身体が弱かったため、夜勤回数を3回とお願いしていたが、夜勤回数が週に3回になると言われ、身体を壊すなとおもい、決定打になった。
また、衛生面が非常にひどく、たとえば、利用者さんが食事に使うお膳を、汚れた台拭きで拭いていた。
お膳がカビ臭くてひどいことになっていたため、上層部に伝えても、改善されず、自分が拭くときだけアルコール消毒をするしかなかった。
利用者さんが可哀想で仕方なかった。
いつ食中毒が起きてもおかしくない環境だったため、必要以上に神経を使わなければいけなくて、しんどかった。
やめると決めたときは、相談してくれた方々は、「おめでとう!」と言ってくれたが、職場は人が足りないため、やめないでくれと懇願された。
【女性・介護福祉士】
26歳のときに、小規模多機能型居宅介護から、病院・医療機関に転職。

【転職の決め手】
受かると思っていなかった会社から内定をいただいたので、「やめる」と決意できた。
やめるのは悪という風習だったため、転職活動をしながら、やめるかどうか決意できた形になる。
受かったらやめようかなくらいに思っていた。
辞めるとわかってさらに意地悪したり、有休を取らせないようにわざと仕事量を増やしたりされた。
祝福してくれる人や、惜しんでくれる人も居て、優しい言葉をかけてくれる人がいたので、働いているときはつらい・苦しいだけだったが、頑張っているのを見てくれていた李応援してくれる人もいたことに気づけたのでよかったと思う。
新しい職種のため不安が大きかったが、新しい職場には期待が大きく楽しみだと感じていた。
決まった後に友だちや家族に報告すると祝福してくれた。
【女性・介護福祉士】
28歳のときに、特別養護老人ホームから、病院・医療機関に転職。

【転職の決め手】
入居者が誤嚥して亡くなるという事件が起こった。
夕食中入居者がチアノーゼを起こし倒れており救急搬送されそのまま病院で亡くなられてしまった。
その後、その事件の日看護師と介護で食事介助をしていたはずなのに何故か介護スタッフだけが責められた。
関わったはずの看護師の名前は伏せられた。
食堂には吸入器も配置されていなかった。
施設長は誤嚥に対する対策を何もしていなかったのに関わらず、介護スタッフを責めるだけで自分たちの至らなかった点の反省を一切言わなかった。
亡くなった入居者の記録の記事もしっかり書いていないから家族に訴えられたら裁判に負けると言い、亡くなった入居者への申し訳なさを感じることは全くありませんでした。
そのような施設長たちの態度をみて辞めることにしました。
その日亡くなった入居者の食事介助をしていたスタッフはチアノーゼを起こして倒れた姿がフラッシュバックすると言って、相当ショックをうけていました。
他のスタッフは看護師だけかばって、亡くなった入居者への申し訳なさを全く感じないと非常に怒っていました。
【女性・介護福祉士】
28歳のときに、介護付き有料老人ホームから、病院・医療機関に転職。

【転職の決め手】
最低限度、子供の行事ごとは休めていたのですが人員不足から最後の1年はそれもままならない状態でした。
私は父子家庭ですので何よりも子供優先です。
仕事内容自体に何ら不満はなかったのですが、福祉を謳いながら自身の子供の福祉をないがしろにして、何が福祉だと思うようになったことが決定打になったと思います。
周りは家庭状態をよく理解してくださっており、逆に無理しないでと心配してくれていました。
一方、経営陣も私の家庭状態はよく知っていたのですが、如何せん人員不足で見て見ぬふりというのが現状だったのだと思います。
また上記の気持ちの揺れが続いていた際に、以前の営業先の関係者の方から声がかかりました。
待遇面もよかったので決めました。
【男性・介護福祉士】
43歳のときに、特別養護老人ホームから、病院・医療機関に転職。

【転職の決め手】
自分の技術向上のため、まわりが介護技術はあるのですが、医療面についての根拠がかなり低く、医務も忙しそうだったので相談ができませんでした。
とにかく夜間何かあったら、という不安が強く、当時はそこが理由で転職を探しました。
特にこれでやめる、という決定打はなかったです。
高齢者施設であったため、何か決定打な出来事がないうちに退職できラッキーでした。
地味に〇複数夜勤携帯〇できれば医務関係が近いところ、病院。
また当時の家庭の事情から家からなるべく近いところ、タクシーで千円以内が理想、というところがありました。
その条件をクリアするところがあり、面接も好印象だった為、そこで働こうと決め、退職への手続きとなりました。
【女性・実務者研修】
50歳のときに、介護老人保健施設から、病院・医療機関に転職。

認知症型グループホームへの転職

【転職の決め手】
当時の交際相手にストレスを日常的に感じてる中で、ニュースなどで介護士が入居者さんに手を出してたり殺したりしてるニュースを見て、自分も入居者さんにストレスを感じ始めたときに、ニュースの中の介護士みたいになってしまうんじゃないかと自分が怖くなったから。
究極な考え方だけど、少なくとも仕事中に認知症の方に対して少しでも苛つくと感じてしまうようになってしまった自分がいてしまうことに対して悲しくなったし、当時の仲良くしていただいたスタッフに相談したら一度長期で辞めてみるのもアリだなと思ったから、一旦やめることにした。
親友以外の友達からは長年働いてたから勿体無いと言われたけど、心のうちを話すことが出来なかった。
【女性・介護福祉士】
24歳のときに、認知症型グループホームから、認知症型グループホームに転職。

【転職の決め手】
体調不良で休む事を管理者に伝え、人手不足を理由になかなか承諾してもらえず、医師の診断書を提出し、休職をもらえ、1か月程の休職をし、その間は自宅や近辺の散歩等、自分の好きな事を行い、とにかくストレスを溜めない生活を過ごしました。
休職中に体調の良い日は、短時間でも働けるかと思いました。
周りの反応は、心配してくれる人も何人かいたので、非常にありがたいのと申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
休職中に、退職後の事を考え、毎日ハローワークに通ったり求人誌を見たりして、次の職場を考えていました。
時には、2時間くらいのボランティアを102日程間隔を空けて行っていました。
毎日仕事の日々だった為、急に仕事が無くなると、また同じ日かと憂鬱になる事もある。
【男性・実務者研修】
26歳のときに、介護付き有料老人ホームから、認知症型グループホームに転職。

【転職の決め手】
転職の決め手となったのは、半年以上、職場に馴染めないことを考えていて、誰にも相談できず、うつ病のような状態になっていました。
このままでは精神的にも病気になってしまうかもしれないと、転職を決意しました。
思い切って前職在職中に介護職の転職エージェントに相談しました。
そこでかなり具体的な転職の青写真を描いてもらえ、どのあたりがあわなかったのか、などを突き詰めて相談できました。
その時に話をして、決して諦めなければ、いい転職先があると言われ、退職しました。
かなりの数の求人があり、自分にあった施設を紹介してもらえそうだったので、勇気がでました。
私が悩んでいた、多数の人との人間関係などに悩まされない、小規模なグループホームを勧めてもらえました。
【女性・初任者研修】
33歳のときに、特別養護老人ホームから、認知症型グループホームに転職。

【転職の決め手】
医師からの診断は鬱状態でした。
休まなければいけない、すなわちドクターストップがかかり、しばらく休むことになりました。
有給は一度も使ったことがなかったので大量に残っていた有休を消化し、ゆっくり休みました。
その間に、充実はすれども苦しかった日々、合わない人間関係など清算したくなりました。
会わない人間関係とは、利用者様に虐待をしていたスタッフを私が退職させようとしたことに端を発します。
私の判断に異を唱えた上司とその一派と、私との間に合った感情的なものです。
一人で仕事しているような感情に陥り、なおかつ忙しくもあったのでムキになっていました。
周りも全く見向きをしなくなっていっていました。
あのままでは自分が壊れていただろうと思います。
なお、その上司は虐待隠匿で去年刑事告訴されていました。
【男性・ケアマネージャー】
37歳のときに、デイサービスセンター(通所介護)から、認知症型グループホームに転職。

【転職の決め手】
残ったらどうなるか、転職したらどうなるかと沢山時間をかけて悩みました。
お金の問題でもありましたが、最終的にはお金よりも自分が納得して働ける業務内容であるのかというところでした。
やりたい仕事でないなら、この先頑張ったとしても、日々辛いと思ってしまうだろうし、今まで10年以上も、自転車で10分ほどで通勤できていたので、通勤におけるストレスを感じたことがなく満員電車で2時間と、通勤環境もひどく、毎日ストレスを抱えてまで通うところなのかと、考えた結果、頑張る仕事ではないのかもしれないと思うようになりました。
それと、自分自身も身体的に故障を抱えていましたが、その件を上司に訴えて、できない可能性が高いことを伝えていましたが、取り合ってもらえなかったです。
【男性・介護福祉士】
49歳のときに、特別養護老人ホームから、認知症型グループホームに転職。